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山口地方裁判所 昭和42年(行ウ)6号 判決

原告 亡野島土人相続人 野島一博 外五名

被告 宇部税務署長

訴訟代理人 古館清吾 外四名

主文

1  被告が原告らの被相続人亡野島土人に対し、昭和四〇年一二月一六日付でなした昭和三七年度所得税額更正処分のうち、総所得金額が金六六〇万四、五〇三円を越える部分を取消す。

2  被告が原告らの被相続人亡野島土人に対し、昭和四〇年一二月一六日付でなした昭和三八年度所得税額更正処分のうち、総所得金額が金六二九万二、八八七円を越える部分を取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告ら

主文同旨の判決

二、被告

1  原告らの請求を棄却する。

2訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二、原告らの請求原因

一、原告らの地位

原告らの被相続人亡野島土人(以下亡土人という)は、以前桜山炭鉱を経営していたが、昭和一七年ころ、右炭鉱を匿名組合「桜山炭鉱組合」(以下、本件組合という)に組織変更し、更に、これを組織変更して昭和二八年七月一日桜山炭鉱株式会社(以下、単に本件会社という)を設立し、自ら代表取締役となつた。ところが、亡土人は昭和四四年六月二日死亡したので、原告らが亡土人の共同相続人としてそれぞれ同人の地位を相続した。

二、被告の各更正処分内容およびこれに対する不服申立経過

(一)  亡土人は被告に対し、昭和三七年度所得として、別表第一「申告額」欄記載のとおり申告したところ、これに対し被告は、昭和四〇年一二月一六日別表第一「更正額」欄記載のとおり更正処分をなし、そのころ亡土人に対しその旨通知した。

(二)  亡土人は被告に対し、昭和三八年度所得として、別表第二「申告額」欄記載のとおり申告したところ、これに対し被告は、昭和四〇年一二月一六日別表第二「更正額」欄記載のとおり更正処分をなし、そのころ亡土人に対しその旨通知した。

(三)  亡土人は被告に対し、昭和四〇年一二月二一日右各更正処分につき異議申立をなしたが、被告が昭和四一年三月一九日これらを棄却したので、同人は広島国税局長に対し同年四月一五日審査請求したところ、翌四二年四月一八日同国税局長はこれを棄却し、同月二七日亡土人に対しその旨通知した。

三、各更正処分の違法性

被告のなした各更正処分のうち、原告らの認容額は別表第一、二各「認容額」欄記載のとおりであつて、昭和三七年度更正処分中、配当所得のうち大和証券投資信託(以下、本件投信という)配当金四一七万、三二六円につき、昭和三八年度更正処分中、配当所得のうち本件投信配当金八〇四万六、四八〇円につきそれぞれ課税したことは左記のとおり違法である。

(一)  右配当金の元本である本件投信二、五五〇円は、組合ないし本件会社が将来発生する鉱害補償にあてるため、薄外資産としてその大半(会社設立後のもの約七〇〇ないし八〇〇万円位)を預託したものであるが、右組合が本件会社に組織変更された際、会社が右組合の資産、負債一切を承継したので、組合の鉱害補償支払債務(概算二億円)およびこれに充当するための右薄外資産も当然に右会社が承継した。そこで、本件会社は、本件投信を亡土人個人所有の株式、投信とは別口に運用管理してきたものであり、昭和二七年ころからこれが還付を受けた昭和三八年七月までの間大和証券株式会社に継続して預託していたものである。もつとも、前記組合は権利能力なき社団であり、組合員はその出資に応じて損益を分担するものとされているから、鉱害補償債務および薄外資産を残存させたままでは清算が結了しないが、組合員は右会社設立と同時に出資の払戻にかえて株式の交付を受けたから、組合の清算は完了している。

なお、本件会社が設立された後の昭和三〇年一二月、広島国税局調査査察部の調査により本件会社に七、七〇〇万円余りの薄外資産が発覚されたが、そのうち本件投信二、五五〇万円については、会社の薄外資金として従前どおり鉱害補償等の月的に使用することを条件にこれを非課税とすることを肯認し、その旨の覚書を作成していた事情にある。

(二)  かりに本件投信が本件会社に当然承継されないとすれば、右投信は会社設立前の組合の所有にかかるものとして残存しており、右組合は会社設立直後本件投信を同会社に譲渡したものである。

(三)  かりに本件投信が亡土人の所有であつたとしても、同人は本件会社設立直後同会社にこれを譲渡したものである。

第三、請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因第一、二項の事実は認める。

二、同第三項は争う。

第四、被告の主張(本件投信配当金に対する適法性)

本件投信二、五五〇万円は、亡土人が組合を主宰していた当時発生したものであるが、右組合は成功裏にその目的を達し、昭和二八年七月一日、本件会社が組合の資産負債の一切を引継ぎ、右組合は組合員の出資金を本件会社の出資金に充当して株式をもつて全額払戻をなして同日消滅したところ、右投信二、五五〇万円の引き継ぎはなされていないから、右投信を本件会社が当然取得したものとはいいがたい。

ところで、右組合はいわゆる宇部式匿名組合であつて、組合財産は頭取たる亡土人に所属するものであるから、本件会社に引きつぎのなされていない本件投信は、亡土人の資産に帰するものである。このことは、本件投信が亡土人名義の顧客勘定元帳、有価証券保護預り明細簿に各登載され、亡土人所有の株式等と共に管理されていることからも明らかである。

また、広島国税局の調査官が本件投信を簿外資産として容認した事実はなく、右投信の発生年度が不明であつたため当時本件会社に対する課税の対象外に付したものにすぎない。

第五、〈証拠省略〉

理由

一、請求原因第一項(原告らの地位)、同第二項(被告の各更正処分の存在およびこれに対する不服申立経過)の事実は当事者間に争いがない。

二、本件更正処分の昭和三七年、三八年度総所得中、配当所得のうち本件投信二、五五〇万円の各配当利益金を除くその余の所得が別表第一「更正額」欄記載のとおり存したことは当時者間に争いがないので、右投信配当所得につきなした各更正処分の適法性について判断することとする。

(一)、本件投信の発生時期

〈証拠省略〉によれば、本件投信二、五五〇万円のうち、その基礎となつた第七ないし九、一一ないし一三、一六、一八回分合計一、八五〇万円は本件会社設立前に発生したものであるが、同じく第一九、二三、二五、二六回分合計七〇〇万円は同会社設立後まもなく設定されたものであることが認められるところ、〈証拠省略〉によれば、右投信七〇〇万円分は本件組合存続当時に設定された投資信託が切替継続されてきたものであり、本件会社において新規に現金買入れしたものではないことがうかがえるから、本件投信二、五五〇万円は実質的には本件組合存続当時に発生したものと認めることができ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

(二)、組合存続当時の本件投信の帰属

〈証拠省略〉によれば、亡土人を頭取とする本件組合は事業遂行に伴う鉱害補償債務支払の引当金として本件投信二、五五〇万円の簿外資産を擁していたことが認められる。そこで、被告は右投信が頭取たる亡土人個人の所有に帰属していた旨主張し、原告らはこれらが権利能力なき社団たる本件組合の所有するものであつたと反論するのであるが、〈証拠省略〉を総合すれば、本件組合存続当時、山口県宇部地方において石炭採掘を営む企業にいわゆる宇部式匿名組合なる特殊の組合が存していたことがうかがわれ、その組織、業務執行、財産関係等の全容はかならずしも明白とはいえないが、組合の利益、出資金はいわゆる頭取なる代表者個人に法律上帰属するとされているため、課税に関しても組合の資産については頭取に対して課税され、組合員の受けた利益配当金については組合員に対して課税されない取扱がなされており、本件組合もその例外でなかつたことが認められる。もつとも、〈証拠省略〉中には、利益金の処分につき頭取に一任する旨の条項が欠けているが、前記課税の取扱および弁論の全趣旨に照らして、右規約の内容が必ずしも実体に即しているものではなかつたものと判断しうるのである。右認定に反する〈証拠省略〉はにわかに採用しがたく、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。そうすると、本件組合存続当時本件投信は頭取としての亡土人個人の所有に属しているものといわなければならない。

(三)  本件投信の承継

〈証拠省略〉によれば、本件組合に対する課税が比較的厳しくなつたことから会社組織に変更することが得策と考えられ、昭和二八年七月一日本件会社が組合の資産、負債一切を引き継ぐこととしてこれが設立され、その際発起人は右組合員で構成されて組合出資金の払戻を受けるかわりに本件会社株式の割当を受けたのであるが、本件会社の原始貸借対照表〈証拠省略〉および有価証券明細表〈証拠省略〉には本件投信二、五五〇万円ならびにこれに見合う鉱害補償引当金が公表されておらず、当時鉱害補償金支払として二億円程度を予定していたが、具体的にはこれが確定していたものでもなかつたことがうかがえる。被告は、本件投信が会社に引き継がれていないから従前のまま亡土人に帰属していた旨主張し、これに対し、原告らは、これらは本件組合が会社に組織変更された際に会社に移転したものであるとしてこれを争うので判断することとする。

右認定事実によれば、従前の組合員が発起人となつて、亡土人所有にかかる組合の資産、負債の一切を出資の対象として右組合員らが本件会社株式の交付を受けたこととなり、かような株式取得は商法一六八条一項五号にいう現物出資の目的をもつて行なわれたものとみることができるのであるが、かかる現物出資はその内容が原始定款に記載されていない以上無効であり、会社成立後の株主総会の特別決議をもつてこれを承認してもその効力を生じえないものと解すべきところ、本件会社において現物出資の対象の一部たる本件投信が原始定款に記載されていないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、本件投信は商法上本件会社に移転せず、組合の頭取たる亡土人の所有に属するものといわざるをえない。しかしながら、法律上無効な移転行為であつても、これがあたかも有効になされたもののごとく履行され、譲受人においてその目的にそつて経済的効果ないし利益が発生するなどして目的物が実質的に移転し、かつ、このような状態が存続している場合に、譲受人側に対しかかる目的物ないしこれから発生する利益につき課税の対象とすることは実質的担税力に応じて課税する租税目的からみて容認されるものと解すべきである。そこで、本件投信が現物出資の無効にもかかわらず、実質的に本件会社に移転したものかどうかにつき検討しなければならない。本件においてこれをみるに、前記説示のとおり、本件投信二、五五〇万円がいまだ確定しない鉱害補償債務引当金のため簿外資産として貯えられてきたが、組合が課税上の考量から組織変更して本件会社を設立したものであつて、その業務内容、業務執行担当者は従前と同一であるところ、〈証拠省略〉によれば、鉱害による損害は一定の期間を経なければ、その内容が具体的に明らかとならないものであり、組合存続中の営業によつて会社設立当時約二億円の支出が見込まれていたが、これらは結局本件会社において炭鉱を閉山する際債務超過のため国庫負担で全て決済されることとなつたため、本件投信は会社従業員の退職金一億円余りの一部に充てられたことが認められる。また、〈証拠省略〉の結果を総合すれば、本件会社は昭和二八、二九年度法人税確定申告をした後の昭和三〇年一二月広島国税局調査査察部から同期の申告洩れ簿外資産合計七、七三七万六、二七四円の摘発を受け、うち約三分の二にあたる合計金五、一八七万六、二七四円について更正決定をしたが、残余にあたる本件投信二、五五〇万円については国税局および本件会社側の双方において、これが会社の簿外資産であることを確認し、同局査察員から、これを非課税として従前の簿外目的のとおり将来具体化する鉱害補償債務支払に充てるため留保しておくべき旨の指導を受けたこと、本件会社はその設立後、本件投信二、五五〇万円を会社の簿外資産として管理していたもののこのことをうかがわせるに足る帳簿上の記帳処理が明確になされておらず、大和証券株式会社福岡支店の亡土人名義の顧客勘定元帳、保護預り有価証券明細簿には、本件投信が亡土人所有の多数の株式、投信等の混然として記載され、これらは昭和三八年七月二三日本件会社従業員に対する退職金支払のため一括して処分されているが、無記名ないし架空名義をもつて本件投信の預託を受けた大和証券株式会社門司、小倉、下関、福岡各支店においては、別途に預託を受けた亡土人名義の同人所有にかかる前記株式等との識別を担当係員が覚書の方法によつて明瞭にしていたこと、その結果、本件投信が亡土人所有の株式等と一括して売却された際の売却メモ〈証拠省略〉記載のとおり両者は一応別個のものとして合計金額が算出されて区別されていることが認められる。なるほど、右証券会社門司、小倉、下関各支店の亡土人名義の顧客勘定元帳、保護預り有価証券明細簿等〈証拠省略〉にはあたかも本件投信の一部が亡土人所有として買入切替されてきたもののごとく記載されている部分も存するが、右各帳簿が本件投信について記帳されていることを裏付けるに足る証拠はなく(逆に〈証拠省略〉は右各帳簿は亡土人所有物に関するもので、本件投信とは無関係である旨供述している)、また前記説示のとおり証券会社側の本件投信取扱状況、亡土人所有の多数の株式、投信の存在に照らして帳簿の右記載のみによつてこれが本件投信に関するものであると断定することは困難である。

以上の事実を総合すれば、本件投信二、五五〇万円は、本件会社設立の際に、組合頭取から現物出資の意図で本件会社に実質的に移転し、これが昭和三〇年国税局の査察の際に同局においても確認したため、その後昭和三八年本件会社従業員の退職金の一部にあてるためこれが処分されるまで本件会社の簿外資産として運用され、本件会社がその経済的利益を享受するに至つたものと判断することができる。もつとも、〈証拠省略〉によれば、本件投信の売却代金のうち二、五五〇万円および亡土人所有株式等の売却代金七、五〇〇万円が昭和三八年七、八月に山口銀行小野田支店の本件会社口座宛に電信送金されたところ、本件会社の仮受金元帳には、これがいずれも亡土人からの仮受金として受領した旨記載されており、また前記退職金の支払には本件投信の売却代金と亡土人所有の株式等の右売却代金との合計一億円があてられたところ、本件会社の第一一期事業報告書には、退職金一億一、三〇〇万円は亡土人の私有財産を処分してその大部分を整理した旨の報告記載のあることが認められるが、仮受益金としての記載は、会社の非課税簿外資産を公表するに際しての帳簿上の処理方法として記載されたにすぎないものとみることができ、また事業報告書の記載は、亡土人が前記宇部式匿名組合頭取であつたことにかんがみ、右のごとき帳簿上の処理方法に対応して、あたかも本件投信の売却代金のうち二、五〇〇万円も亡土人の私有財産として提供されたかのごとき報告をしたにすぎないものとみられなくはないから、右のような各記載のある事実をもつて前記認定をくつがえすに足りない。そうすると、本件投信二、五五〇万円は本件会社に帰属していたものであり、これが運用利益金たる本件配当取得はいずれも本件会社に帰属していたものというべきである。従つて、右配当取得を亡土人の取得としてこれに課税した本件各更正処分はいずれも違法であつて取消を免れない。

よつて原告らの本件各請求は理由があるから全部認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荻田健治郎 北村恬夫 遠藤賢治)

別表第一

昭和三七年度

単位・円     申告額        更正額       認容額

配当所得  二八六万六、八七七  七六二万六、二七三 三三四万八、九四八

不動産所得   五万八、〇〇〇    四万三、六〇〇   四万三、六〇〇

給与所得  三一一万一、九五五  三一一万一、九五五 三一一万一、九五五

総所得   六〇三万六、八三二 一〇七八万一、八二九 六六〇万四、五〇三

税額     八三万四、三〇〇  二三六万四、四七〇

別表第二

昭和三八年度

単位・円     申告額        更正額       認容額

配当所得  三三四万〇、三一八 一一四四万一、六一四 三三九万五、一三四

不動産所得         〇    三万七、六〇〇   三万七、六〇〇

給与所得  二七二万二、二三三  二八五万四、五一三 二八五万四、五一三

雑所得           〇      五、六四〇     五、六四〇

総所得   五〇六万二、五五一 一四三三万九、三七六 六二九万二、八八七

税額     六七万九、六五〇  四三九万四、三〇〇

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